大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)102号 判決 1988年6月30日

原告 日本鋼管株式會社

右代表者代表取締役 山城彬成

右訴訟代理人弁護士 高島良一

同 高井伸夫

同 安西愈

同 加茂善仁

被告 中央労働委員会

右代表者会長 石川吉右衞門

右指定代理人 川口實

<ほか三名>

被告補助参加人 日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合

右代表者中央執行委員長 久保健三

<ほか四名>

右補助参加人五名訴訟代理人弁護士 野村和造

同 鵜飼良昭

同 柿内義明

同 福田護

同 千葉景子

主文

一  被告が、原告を再審査申立人とし補助参加人らを再審査被申立人とする中労委昭和五六年(不再)第一二号事件について昭和五九年六月六日付けでした命令中、右命令主文第二項によって維持するものとされた神奈川県地方労働委員会昭和五四年(不)第一七号事件の昭和五六年二月五日付け命令主文第一項中の補助参加人佐藤実に関する部分にかかる請求につき、本件訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告を再審査申立人とし補助参加人らを再審査被申立人とする中労委昭和五六年(不再)第一二号事件について昭和五九年六月六日付けでした命令は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告及び補助参加人ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  補助参加人らは、神奈川県地方労働委員会に対し、それぞれ原告を被申立人として不当労働行為救済の申立て(神労委昭和五四年(不)第一七号事件)をしたところ、同委員会は、昭和五六年二月五日付けで別紙(一)命令書記載のとおり救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。原告は、初審命令を不服として、被告に対し、再審査申立て(中労委昭和五六年(不再)第一二号事件)をしたが、被告は、昭和五九年六月六日付けで別紙(二)命令書記載のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発し、本件命令書は昭和五九年七月二六日原告に交付された。

2  原告と補助参加人佐藤(以下「佐藤」という。)は、昭和六一年九月八日、退職を内容とする和解をした。したがって、佐藤について救済を求める利益はないから、本件命令中、佐藤の救済に関する部分は、これを維持すべき根拠が失われたといわなければならず、取り消されるべきである。

3  本件命令には、以下のとおり事実認定の不備による判断の誤り及び理由不備の違法があり、取消しを免れない。

本件は、原告が日本鋼管造船重工労働組合(以下「重工労組」という。)と締結したユニオン・ショップ協定(以下「ユ・シ協定」という。)に基づき、補助参加人佐藤、同持橋及び同日和田(以下「佐藤ら三名」という。)が重工労組から脱退したことないし重工労組が右脱退を承認せず、佐藤ら三名を除名したことを理由に、原告が同人らを解雇したというケースである。本件命令は、原告の佐藤ら三名に対する解雇は分会(補助参加人全日本造船機械労働組合日本鋼管分会をいう。以下同じ。)の活動を嫌悪した原告が、重工労組との「ユニオン・ショップ条項の履行に藉口して」行ったものと認定している。しかしながら、本件解雇は次のとおり正当であり、不当労働行為ではない。

(一) ユ・シ協定に基づく本件解雇の正当性

不当労働行為の制度があるからといって、使用者が合理的な理由に基づいて労働者を解雇する権利は何ら制限されるべきものではない。原告の佐藤ら三名に対する本件解雇は、ユ・シ協定に基づく義務の履行として合理的な理由に基づくものである。

被告は、ユ・シ協定締結組合の組合員であっても、脱退は自由であり、脱退して別組合に加入した組合員には、ユ・シ協定の効力は及ばず、使用者は同協定に基づく解雇義務を負わないとの見解をとるもののようである。しかし、かかる見解は誤っている。

(1) 労働組合(以下「組合」という。)が労働者の自由意思に基づく団体であるからといって、組合からの脱退もまた、これを理由として何らの不利益を受けないという意味において常に自由であるというのは、論理の飛躍である。なぜならば、労働者がその自由意思に基づいて組合を組織し、又はこれに加入したとしても、いったん団結体である組合の構成員となった以上、組合員の自由が団結の目的ないし機能によって制約されることは当然の理だからである。ましてユ・シ協定がある場合には、組合への非加入、これからの脱退は、解雇という不利益を伴うから、右の意味において自由ではないのである。

すなわち、労働者の団結権は、個々の労働者が組合を結成し、又はこれに加入し、組合の運営に参加する権利であるのに対し、組合の団結権は、組合としての団結を維持し、団体意思を展開することの権利である。組合の団結権は、多数決原理に従い、組合の組織と運営の態様・方法を決定し、団結の維持・存続、組合員の経済的地位の向上等を図ることを目的とするものであり、労働者の団結権を止揚し、その集積的総和ではなくこれを包容する高次元の権利であって、これに優先するものである。そして、組合の団結権は、組織強制を本質的要素とし、団結への強制を志向するものであり、ユ・シ協定は、この団結強制を実現し、組織強制をより有効にする機能を果たすものといえる。したがって、労働者は、組合からその利益を害する態様・方法で脱退することは、組合の団結を乱す行為として許されず、この場合、組合は、組合員の脱退の効力を否認し、又は相当と認められる方法で対抗手段を講ずることができ、特にユ・シ協定を締結している組合は、その団結を維持するため、右協定の適用による解雇以前に組合からの離脱を防ぐことが肝要であるから、脱退しようとする労働者に対し説得をする権利があるか、少なくとも説得の機会が与えられるべきである。重工労組の規約で脱退を重工労組の承認にかからせているのは、この機会を確保し、かつ、重工労組の団結を無視し、もしくは阻害するような脱退を防止することを目的とするものである。

しかるに、佐藤ら三名が重工労組に対し右規約に定められた脱退の承認を求めず、一片の脱退通告書を送付しただけで、重工労組が佐藤ら三名を説得するため脱退の理由を聞こうとしたのに、全くこれに耳を貸そうとしなかったことは、形式的に規約に違反するにとどまらず、実質的に重工労組の団結を無視し、否定した行動であるといわざるを得ず、したがって、佐藤ら三名の重工労組から脱退する旨の意思表示は、脱退の態様において違法・不当であり、無効である。

(2) また、前記のとおり、ユ・シ協定は、団結強制を実現し、組織強制をより有効にする機能を果たすものであるから、ユ・シ協定締結組合から労働者が脱退するためには、合理的な理由を要するというべきである。

別組合を結成し、もしくはこれに加入することがユ・シ協定締結組合から脱退するについての正当な理由に当たるかについては、組織強制のみならず団結強制によって守られている組合の団結権と、それに包容されている組合員の団結への権利とが衝突する場合であり、単純な組合結成もしくは選択の自由によって解明し得るものではない。この場合、労働者の積極的団結権の行使は、ユ・シ協定締結組合の積極的団結権を害することとなるから、その方法が相当でなければならないとともに、労働者の積極的団結権を組合のそれに優越させるだけの正当な理由がなければならない。この観点から本件をみるに、佐藤ら三名の重工労組からの脱退が正当な理由があるものとして是認されるためには、重工労組の内部において、多数決原理が形式的又は実質的に妥当しなくなり、そのために佐藤ら三名の意見が全く無視され、そのため重工労組のなかにとどまっていては、佐藤ら三名の権利が擁護されないという客観的事情がなければならない。そして、そのためには、佐藤ら三名が重工労組内部で組合員としての権利を行使し、義務を尽くしたにもかかわらず、自己の意思もしくは利害が全く抑圧されて、自己の労働関係上の生活利益を確保することが著しく困難であるか、又は他の組合に加入することによって初めて自己及び同種の労働者に共通する利益を確保できるなど、客観的にみてその脱退・別組合加入がやむを得ないと認められる場合でなければならない。しかし、本件においては、何らそのような事情は存しなかった。仮に佐藤ら三名がより多くの労働者により多くの利益を与えることを希求し、重工労組のなかではその目的を達しえないと考えたならば、まず重工労組のなかでその旨を訴えて、その是正を図るべきであった。特に脱退の理由を求められたならば、率直にその旨を訴えるべきであった。それにもかかわらず、佐藤ら三名は、重工労組の内部でそのような行動をとらず、脱退の理由を求められても聞く耳を持たないという態度に終始し、重工労組から脱退したのである。

そうすると、佐藤ら三名の重工労組からの脱退は、団結への権利の行使として保護するに値しないものであり、正当な理由を有するとはいえないというべきである。

(3) 以上のとおり、佐藤ら三名の重工労組からの脱退は、保護するに値しないものであり、重工労組が原告と締結しているユ・シ協定の効力は佐藤ら三名にも及ぶといわなければならない。したがって、原告が佐藤ら三名を解雇したのは協定上の義務の履行として当然であり、そうしなければ協定違反となるのみならず、佐藤ら三名の分派活動に手を貸す結果となり、重工労組の団結を弱体化させる不当労働行為の責を問われることにもなりかねない。このように本件解雇は、合理的理由に基づく以上、不当労働行為にあたらない。

(二) 不当労働行為意思の不存在

(1) 本件命令は、別紙(二)命令書の理由「第一 当委員会の認定した事実」の3の(5)のニ及び同4の(2)のロのとおり事実認定したうえ、「会社が分会の存在を否認し、全造船及び分会の求める団体交渉を拒否するといった態度をとっている」と判断しているが、次のとおり誤りである。

本件命令は、原告が分会の存在を否認したと判断するための合理的な根拠となる事実を認定していない。そもそも、原告は、分会の存在を否認したことはない。

また、原告は、佐藤ら三名及び村山との関係では全造船(補助参加人日本労働組合総評議会日本造船機械労働組合をいう。以下同じ。)及び分会との団体交渉を拒否する態度をとったことはない。すなわち、佐藤及び村山は、昭和五二年二月九日、重工労組に脱退通知をしたが、重工労組は、その規約に脱退は重工労組の承認を要する旨を定めているうえ、原告は、重工労組から同月一二日、一三日及び一四日と再三にわたり、重工労組は佐藤及び村山の脱退を承認しておらず同人らは重工労組の組合員であるから、同人らの問題については重工労組に交渉権があるとの申入れを受けた。このため、原告は、同月一四日、全造船及び分会から団体交渉の申入れを受けたが、佐藤及び村山の右脱退は無効であり、仮に有効であるとしても、重工労組が佐藤及び村山から事情を聞き、同人らに脱退を思いとどまるよう説得して組織を維持していこうという意思、態度を表明している段階では、同人らの重工労組の組合籍には浮動的なものがあるうえ、佐藤らの組合籍が不明確な段階において全造船及び分会と団体交渉を行うことは重工労組から組織破壊行為であるとして非難を受ける恐れがあったため、同月一六日、全造船及び分会に対し、佐藤及び村山の団体交渉問題については重工労組と調整を図ってもらいたい旨回答したのであり、同年三月一五日、分会から団体交渉の申入れを受けたのに対し、これに応じられないとしたのも、佐藤ら三名及び村山の組合籍が不明であるなど右同様の理由に基づくものであって、何ら非難されるいわれはない。

さらに、原告が早川と小野の解雇問題について団体交渉を拒否したことは何ら不当ではない。すなわち、早川は、昭和四七年四月一四日、経歴詐称を理由に原告から解雇され、同年八月一一日、横浜地方裁判所に従業員たる地位の確認を求める訴(昭和四七年(ワ)第一一六六号事件)を提起したが、昭和五二年六月一四日、請求を棄却され、これに対し、東京高等裁判所に控訴した(昭和五二年(ネ)第一五八六号事件)。早川の解雇問題は、昭和五四年二月一四日の前記団体交渉申入れの時点では、控訴審に係争中であった(なお、東京高等裁判所は、昭和五六年一一月二五日、控訴を棄却する判決を、更に最高裁判所は、昭和五七年一〇月一日、上告を棄却する判決をした。)。また、小野は、昭和四九年九月二日、原告会社構内において就業時間中に上司に対し暴力行為を行った等を理由として、原告から解雇され、横浜地方裁判所に従業員たる地位の確認を求める訴を提起し(昭和四九年(ワ)第一六〇四号事件)、これは右団体交渉申入れ時においては、同裁判所に係争中であった(なお、横浜地方裁判所は当事者に対し和解の勧告をしたが、当事者の主張が全く対立したため和解を打ち切った経緯がある。)。このように、早川と小野は、それぞれその解雇問題についてはいずれも訴訟による解決という方法を選び、右団体交渉申入れ当時、早川は七年近く、小野は四年半の長きにわたり訴訟が係属していただけでなく、その経緯において、当事者の主張の対立(原告は解雇有効、早川と小野は解雇無効・原職復帰)は決定的となっていたのであるから、自主的交渉による紛争解決の段階は既に過去のものになっていたのである。

(2) また、本件命令は、「佐藤らが会社の合理化案を批判し、かつ、この合理化案の一部修正によって解決を図ろうとする重工労組をも批判する活動を行っていることからすると、会社が合理化対策を推進するうえで、分会及び佐藤らの存在を好ましくないと考えていたものと推認するに難くない。」とし、更に進んで、原告の佐藤ら三名に対する解雇は「分会の活動を嫌悪した会社が重工労組とのユニオン・ショップ条項の履行に藉口して佐藤らを会社から排除し、分会に対して壊滅的打撃を与えるため」に行ったものであると判断しているが、誤りである。

原告が佐藤ら三名を解雇したのは、重工労組からユ・シ協定に基づく解雇要求を受けたので、協定上の義務を履行したまでのことであり、佐藤ら三名の分会所属ないし分会活動を嫌悪したからではない。

確かに佐藤ら三名が、同人らのいう合理化反対のビラを何度か配布していたことはあるが、その内容は極めて素朴、抽象的なものであって、説得力もないうえ、このような活動をしていたのは、原告の従業員約三万四〇〇〇人(造船重工部門約一万人)中わずか四名(佐藤ら三名と村山)にすぎない。このような実態のなかで、原告が右四名を排除しなければ、原告が計画している合理化施策を実施できないとか、少なくともその実施が困難となると考えていたと推認することは、思惟の法則を無視した論理の飛躍であるか、予断と偏見の現れであるとしか考えられない。

会社は、重工労組から佐藤ら三名の解雇要求を受け、ユ・シ協定は締結組合の組合員でないものが協定当時既に別組合に加入していれば効力が及ばないとの法理は承認したが、前述のとおり、締結組合の組合員が脱退する場合には、別組合に加入するためであっても原則として協定の効力は脱退者にも及び、脱退にやむを得ない合理的事情があれば、例外として解雇が許されないこともあると考えたが、佐藤ら三名にはユ・シ協定の適用を排除すべき理由はないと考えたため解雇したのであって、原告には不当労働行為意思はなかったのである。

4  本件命令の「第1 当委員会の認定した事実」は、同3の(5)のニのうち、原告が昭和五四年二月一五日内容証明郵便で全造船に対し、佐藤及び村山についての団体交渉を拒否する旨を回答したとの点、同4の(2)のロのうち、原告が同年三月一五日、同日分会申入れにかかる団体交渉を拒否したとの点を否認し、その余は認める。

5  よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告と佐藤が原告主張のとおり和解したことは認める。

3  同3は争う。

ユ・シ協定の効力に関する原告の主張は、独自の見解にすぎない。

4  本件命令は、労働組合法二五条及び二七条並びに労働委員会規則五五条の規定に基づき適法に発せられた行政処分であって、処分の理由は別紙(二)命令書理由記載のとおりであり、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。

三  補助参加人らの請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告と佐藤が原告主張のとおり和解したことは認める。

3  同3は争う。

(本件脱退の効力について)

(一) ユ・シ協定がその締結組合からの脱退を制約するものであることは、その効力範囲が無制限であり他の権利すべてに優先することを意味しない。右協定の効力が及ぶのは組合に加入していない者に対してのみであり、右協定締結組合を脱退し別組合に加入している者に右効力が及ばないことは、確立された判例・通説の立場であり、右協定の一般的有効性から多数派組合による少数派組合に対する絶対的な優位を認めることは現行法上容認されていないのである。組合複数主義を認める我が国の法制度のもとでは、右協定の効力は、非組合員(積極的団結権を行使しない者)に組合加入を強制する限度で是認され、個々の労働者の有する積極的団結権を侵害することは到底許されない。

もともと組合脱退は自由なのであるから、当然脱退についての規定である重工労組規約一二条をあえてその文言に反し自由意思による脱退についてまで拡大解釈して適用する必要はないし、仮に拡大解釈の余地があるとしても佐藤ら三名がとった脱退手続で十分というべきである。

また、ユ・シ協定締結組合からの脱退について特別の理由は何ら必要ではなく、組合の選択としてなされた佐藤ら三名の重工労組からの脱退がその理由において不当とされる余地はない。

(団体交渉の拒否について)

(二) 佐藤及び村山は、全造船への加入手続を履践していたのであり、その組合員であることについて浮動的な要素は全くなかった。団体交渉拒否の正当性と重工労粗の説得活動は無関係である。

(不当労働行為意思について)

(三) ほとんどの労働者が本心では人員整理について不安ないしは反対の気持ちを持っていた当時の状況では、わずかな人数の者の行動でも、合理化に賛成する重工労組の方針をゆるがすことが十分予想された。

そもそも、別組合結成のため脱退した者にユ・シ協定が及ばず佐藤ら三名及び村山の解雇が無効である以上、原告において右四名を解雇することにより全造船が壊滅的打撃を受けることについての認識が存在することだけで原告の不当労働行為意思は明らかといわなければならない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(本件命令の存在)の事実及び同2のうち、原告と佐藤が本件命令発令後である昭和六一年九月八日、退職を内容とする和解をした事実は当事者間に争いがない。

原告は、右和解の事実をもって、本件命令中の佐藤に関する部分の取消事由にあたると主張するのであるが、このような本件命令の後に生じた事情は、本件命令を違法たらしめる事由には該当しないから、右主張は失当といわなければならない。

ところで、本件命令は、原告に対し、公法上の義務を負わせるものであるが、そのうち、佐藤に対し、解雇撤回、原職復帰及び賃金・諸手当相当額等のの支払いを命ずる点については、その趣旨・内容に鑑み、右和解により、その基礎を欠くに至り、原告に対する拘束力を失ったというべきであるから、原告には、もはや、これを取り消すことによって回復されるべき実質的な利益がなく、したがって、本件命令中の当該部分についての原告の請求は、訴えの利益を欠くものとして却下されるべきものである。しかしながら、その余の部分は、右和解とは無関係であるから、これが取り消されない限り、依然としてその効力は失われないというべきである。

二  ユ・シ解雇の正当性の主張について

1  原告は、本件解雇は、本件命令のいうような「ユ・シ条項の履行に藉口した」ものではなく、ユ・シ協定に基づく正当な解雇権の行使であり、不当労働行為の制度があるからといって、使用者の正当な解雇権の行使まで制約されるべきものではないと主張する。

2  組合の活動家が、就業規則違反等の不当労働行為とは関係のない理由で解雇されたような場合に、そのような他の事由は存在はするがそれだけでは解雇を正当化するに足りないとして、不当労働行為の成立が認められる場合がある。このような場合、もしもその「他の解雇事由」が解雇権の行使を客観的に正当と認めさせるに足るものであれば、解雇を不当労働行為として、原職復帰等の救済命令を発することは、労働委員会に与えられた裁量権の逸脱又は濫用として、許されないであろう。救済命令の目的は労使関係の正常化であり、この目的にかえって反することになるからである。このような場合、就業規則違反等の「他の解雇事由」は、解雇の不当労働行為性を阻却するということができる。

ところで、解雇がユ・シ協定に基づくということは、右の就業規則に基づく場合と同じ様に、解雇の不当労働行為性を阻却する理由となり得るであろうか。

ユ・シ協定を締結している組合の組合員が、組合の運動方針に反対し、脱退して別組合を結成又はこれに加入したところ、ユ・シ協定締結組合がその組合員をそのような行動を理由として除名し、使用者がユ・シ協定に基づいてその組合員を解雇したような場合、解雇理由はユ・シ協定に定める「組合による除名」である。一方、除名理由は組合員の脱退、別組合結成又は加入というその組合にとっての団結破壊行動である。この場合、組合員のそのような行動がなければ、除名もなくしたがって解雇もなかったであろうと考えられるから、除名理由と解雇の間の因果関係の連鎖を否定することはできない。組合の除名は中間に介在するが、除名理由となった組合員の行動と除名と解雇の因果系列は直列的であり、除名は除名理由の存在を前提とし、解雇は除名の存在を前提としている。したがって、解雇がユ・シ協定に基づくという場合と前記の就業規則違反等の他の解雇理由に基づくという場合とでは、解雇の不当労働行為性の判断において、その不当労働行為性阻却事由となり得るか否かという点において性質が異なるというべきである。就業規則違反等の他の解雇事由は、組合活動嫌忌等の不当労働行為の動機、原因とは別の解雇原因であって、それぞれの解雇との因果関係は、並列的である。このような場合は、解雇の決定的動機となったのは、組合嫌忌と就業規則違反のいずれであるかという選択的判断によって不当労働行為の成否の判断が左右されるのが一般である。他の解雇理由が社会通念に照らし、解雇を正当と認むべき客観的合理性を備えるときは、解雇はその理由に基づくものとして正当視され、解雇と被解雇者の組合活動等との因果関係は否定される。しかし、ユ・シ解雇の場合は、組合による除名という直接解雇原因は、除名原因となった組合員の行為と解雇との間の因果関係を否定する契機とはならない。組合員の組合除名理由となった行為を原因として、組合による除名と使用者による解雇が連動的に継起しているのであり、被解雇者の同一の行為を原因として、除名と解雇という二つの結果を生じているのである。前記の例についてみれば、解雇は、組合からの除名を直接原因とするものであるが、そうであるからといって被解雇者の別組合結成又は加入との因果関係を否定することはできないというべきである。この点において解雇がユ・シ協定に基づくということは、他の就業規則に基づく場合とは異なり、それだけでは解雇の不当労働行為性を否定する理由とはなり得ないのである。したがって、ユ・シ協定に基づく解雇であっても、除名原因が組合加入、結成等の労働組合法第七条所定の行為であるときは、これを理由とする解雇として不当労働行為に該当することとなる。そして、不当労働行為は、使用者のみに課せられた禁止規範であるから、除名が正当であっても、これに基づく解雇の不当労働行為性は阻却されない。また、それが労働協約に基づく義務の履行としてなされたものであっても、不当労働行為の成立を妨げる理由とはならない。労働組合法第七条は強行法規であり、労働協約より上位の規範であるから、労働協約によってその効力を排除することはできないからである。

3  これを本件についてみるに、本件解雇に至る経緯について、本件命令が理由中で認定した次の点は、当事者間に争いがない。

昭和四八年の石油危機を契機とする深刻な造船不況の対策として、原告は昭和五三年一二月希望退職者募集等の経営合理化対策を重工労組に示したところ、重工労組は内部討議を経て、昭和五四年二月退職募集人員圧縮等を内容とする協定を原告と締結するに至った。合理化に対する重工労組のこのような対応に反対の佐藤ら三名は、重工労組は「雇用と労働条件を守る労働組合の任務を放棄して、ただひたすら資本の下僕となって労働者の闘いを抑圧する第二労務課」である等と批判するビラを配布し、自分達は「首切りを絶対認めない組合を作る」として、昭和五四年二月九日佐藤は重工労組に脱退を通知すると同時に、村山、早川、小野とともに全造船に加入して分会を結成し、これに続いて持橋と日和田は同月二八日に全造船、分会に加入し、重工労組に脱退を通知した。重工労組は同人らの脱退を承認せず、同年三月一〇日同人らの行動は、組合の組織を破壊する分裂活動であるとして除名し、重工労組の申入れに応じ、原告は除名処分確定の翌日である同月二七日重工労組との労働協約第六条の規定「組合から除名された者を会社は解雇する。」とのいわゆるユ・シ条項に基づいて佐藤ら三名を解雇した。

本件解雇に至る右の経緯に照らして考えると、本件解雇が佐藤ら三名の分会加入及び組合活動を理由とするもので、同人らに対する不利益取扱であるほか、分会に対する支配介入にあたり、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為である旨の認定判断に誤りはない。重工労組とのユ・シ協定の履行としてなされたことは、本件解雇の不当労働行為性を阻却する理由とはならないことは前説示のとおりであり、また原告は、佐藤ら三名の脱退が重工労組の団結権を壊滅するもので、正当な理由がなく、違法不当である所以を論述するが、組合による除名理由としては正当であっても、その正当性は、使用者による解雇の不当労働行為性を阻却する理由とはならないというべきである。組合からの除名の正当性と不当労働行為の成否とでは判断の規準として適用される規範が異なるからである。

三  不当労働行為意思不存在の主張について

1  原告は、本件命令の認定判断のうち、原告が分会の存在を否認し、全造船及び分会の団交要求を拒否する態度をとったとの認定判断、佐藤ら三名の分会活動を嫌悪し、同人らを排除し、分会に壊滅的打撃を与えるために原告が同人らを解雇したとの認定判断を争い、原告の本件解雇は、重工労組とのユ・シ協定の誠実な履行以外に何ら他意のないものであったと主張する。

2  原告が佐藤ら三名を解雇するに至った経緯について本件命令書理由「第1 当委員会の認定した事実」に記載されている事実は、昭和五四年二月一五日、同年三月一五日の団交拒否の点を除いて当事者間に争いがない。右争いのない事実によると、原告は、重工労組からの申入れに応じ、佐藤ら三名を解雇するにあたり、同人らが重工労組から除名されるに至った理由が、同人らが造船不況に対応する原告の経営合理化対策に対する重工労組の方針を批判するビラを配布するなどして一方的に脱退を通知し、全造船に加入し、分会を結成して原告に独自に団交を申し入れる等の分派活動をしたことにあったこと、佐藤ら三名と村山を解雇することは、分会員全員を解雇することになること、分会の運動方針は重工労組のそれに比してより闘争的で、不況下にあった原告の企業としての存続に関心を示さない種類のものであったこと、以上のような事実を十分認識していたことを認めることができる。

3  不当労働行為の成立要件として不当労働行為意思を必要とするか否かについては、その論議自体の有用性を含めて説の分かれるところであるが、右認定事実に照らすと、いずれにせよ、佐藤ら三名の分会加入という分派的組合活動が除名原因であると同時に解雇の原因でもあること、本件解雇により原告の企業内における分会の活動は壊滅的打撃を受けることを原告が本件解雇にあたって認識していたことは否定することができないというべきである。してみれば、不当労働行為意思がなかったとの原告の主張も採用できない。

四  よって、本件命令の取消しを求める原告の本訴請求中、本件命令によって維持するものとされた神奈川県地方労働委員会昭和五四年(不)第一七号事件の昭和五六年二月五日付け命令第一項中の補助参加人佐藤に関する部分は訴えの利益を欠くものとして却下し、その余の部分は理由がないから棄却し、訴訟費用(補助参加によって生じた分を含む。)の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官遠山廣直は、転官につき、裁判官納谷肇は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 白石悦穂)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例